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先生、イギリス行くってよ。

〜平成生まれ、ゆとり世代の高校教師がUCL・Institute of Educationへ留学する話〜

【2】僕が留学を決意した原点

こんにちは。侑です。

 

今日は僕自身が大学院留学をするに至った原点を振り返ってみようと思います。

 

僕の得意科目は英語です。

 

僕、葵山侑は完全なる純ジャパです。そして完全なるガニ股です。

 

そんな僕ですが、中学生の時に塾の先生方にシビれて以来、英語のカリスマ教師になるべく、英語の勉強だけは一生懸命やってきました。いや、やってきたつもりでした。

 

大学受験では得意の英語が炸裂し、結果進学した大学の入試は英語1科目400点で勝負というスーパーボーナス方式の受験で合格。

 

え、ボクやっぱりできるやん。

めっちゃできる子ですやん。

いやー、日本史とか捨ててたけど英語は僕を裏切らんかったわー。

僕天才。最高。イケメン。ガニ股。

 

と調子に乗って大学に入学しました。

 

そして入学後、田舎者の僕を英語系学科あるあるがドンピシャで襲うのでした・・・。

 

 

帰国子女、パネェっす・・・

 

授業が始まり、人生初めて会う帰国子女達の英語力に圧倒され、その壁の高さに絶望しました。

 

今まで「できる、通用する!」と思っていた自分のwriting skill。高校時代に短期留学して確信したspeaking skill。受験で調子に乗っていたreadning & listening skills。

 

しかし、そんなものは田舎の純ジャパ界でちょっと輝くだけ。毎日会う大量の帰国子女達のskillの高さと、「やれる!」と思っていた自身のskillの低さの差に愕然とする毎日。

 

それでも悔しくて勉強は続けます。悔しいから、バイトで貯めたお金で短期留学もしてみます。それでも、まだまだ自分が納得いくほど、帰国子女達と並ぶくらいの語学力を得ることはできませんでした。

 

いつかきっと。

 

教職を取っていたこともあり、「言語習得の臨界期仮説(ネイティブに近い語学力を得るためには12歳前後までにその言語が話されている環境に身を置く必要がある、と仮定する説)」等も学びましたが、語学力の憧れは捨て切れませんでした。

 

当時は奨学金も借りていて、学費を出してもらっている親にこれ以上頼むわけにもいかず、結局「いつかお金を貯めて、自費で留学しよう。」と決意するのでした。ここが、今僕がイギリスにいる原点でした。